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新潟医療福祉大学  作業療法学科 

【作業療法 心に残るあの場面】仕事復帰を果たし、支援する側に立つことができた作業療法の支援

  • 執筆者の写真: OT NUHW
    OT NUHW
  • 1月2日
  • 読了時間: 2分

介護士のAさん(50代)は、通勤中に原付バイクで交通事故に遭い、左腕に重傷を負いました。救命センターに運ばれ、集中治療室での治療が始まりましたが、同時に作業療法もスタートしました。上肢のみのけがだったため、自宅退院後も外来での治療を続けることになりました。

Aさんは入院中も外来通院中も、作業療法の場面で涙を見せることが多く、神経損傷による強い痛みや気持ちの落ち込みと戦っていました。作業療法では、上肢の機能回復訓練や日常生活動作の練習を続け、左肩の痛みを軽減するためのスリング(吊り帯)を作成するなど、症状が少しでも楽になるよう一緒に解決方法を探りました。

事故の前、Aさんはケアマネージャーの資格取得のための実務経験を積んでおり、あと半年の勤務が必要でした。しかし、けがの影響で「介護士への復帰は諦める」と語ることもありました。それでも、左肩はわずかに動く程度でしたが、肘の動きは回復し、調理や掃除などの家事をこなせるようになりました。

家事ができるようになり自信を取り戻したAさんは、職場に相談し、できる範囲での実務を調整してもらい、ついに職場復帰を果たしました。そして、無事にケアマネージャーの資格も取得しました。作業療法が終了した後も、Aさんは定期受診の際に作業療法室に寄ってくれました。彼は「辛かったときに作業療法士に寄り添ってもらえたおかげで、生き続けることができた」と感謝の気持ちを伝え、さらに命の電話の相談員としても活動を始めたことを報告してくれました。

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