top of page

MENU

新潟医療福祉大学  作業療法学科 

【作業療法 心に残るあの場面】縄跳びができた喜びから小学校に登校できた男児

  • 執筆者の写真: OT NUHW
    OT NUHW
  • 2025年6月6日
  • 読了時間: 1分

 A君はある日を境に学校に行けなくなりました。家の中でも元気がなく、お母さんも原因が分からずに困っていました。しかし、運命が動き始めたのは、作業療法士との出会いでした。

作業療法士はA君との関わりの中で、学校に行けない理由が「縄跳びができないことが恥ずかしくて、学校に行きたくない」ということを知りました。そこで、作業療法士は縄跳びができない原因を検討し、縄跳びを飛ぶための方法を提案しました。A君のやる気もあり、1ヵ月後ついに縄跳びができるようになりました。

その喜びと成果を感じたA君は、「学校で友達に見せたい!」と自信を持って言いました。そして、再び学校に通うことができるようになりました。

あれから2年経った今でも、A君は元気に学校に通っています。彼の笑顔は以前よりも輝いています。A君からは、「縄跳びができるようになったことは、僕にとって忘れられない出来事です!」という言葉が聞かれます.

作業療法士の関わりは、A君の人生にとって大きな転機となりました。

最新記事

すべて表示
【作業療法 心に残るあの場面】趣味活動である「釣り」を続けるために

40代の彼は職場での事故で腕のほとんどを失いました。残っていたのは上腕骨(肩から肘までの骨)の半分以下で、日常生活に大きな支障をきたしました。一般に、手足の大部分を失った場合には義手や義足を作成し、本人の希望に基づいて日常生活での使用を訓練していきます。しかし、彼の場合、言葉少なで日常生活での義手の使用もなかなか進まない状況でした。 彼はもともと釣りが趣味でした。腕を失ったことで喪失感を抱え、釣り

 
 
 
【作業療法 心に残るあの場面】仕事復帰を果たし、支援する側に立つことができた作業療法の支援

介護士のAさん(50代)は、通勤中に原付バイクで交通事故に遭い、左腕に重傷を負いました。救命センターに運ばれ、集中治療室での治療が始まりましたが、同時に作業療法もスタートしました。上肢のみのけがだったため、自宅退院後も外来での治療を続けることになりました。 Aさんは入院中も外来通院中も、作業療法の場面で涙を見せることが多く、神経損傷による強い痛みや気持ちの落ち込みと戦っていました。作業療法では、上

 
 
 
【作業療法 心に残るあの場面】ミャンマー国におけるある高校生との出会い

私が彼と出会ったのは、研究のために訪れていたミャンマーの病院の診察室でした。彼は地元の高校に通っている学生でしたが、ハンセン病という感染症により神経が侵され、指や手の筋肉がうまく動かせなくなっていました。そのため、筆記用具を持つことができず、勉強ができないと涙ながらに訴えて...

 
 
 

コメント


bottom of page